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【blog】halloween2018

2018.10.26

Happy Halloween!

10月は忘れることのできないたくさんのことがありました。
地方初開催のアニヴァーサリー・プランナー7期生による、かわいくて華やかな卒業イベントにたくさんの方にご参加いただき大盛況で終えることができ、15名の卒業生を送り出すことができました。

 

アニヴァーサリー・プランナーたちのハロウィン2018も、ほぼ日更新しております👻

FB https://www.facebook.com/socosanniversary/

IG https://deskgram.net/anniversary_planner

 

日本アニヴァーサリー・プランナー協会も無事5期目を終え、しっかり納税をし、来期に向けて次のステップを描いています。

そして、講演やご指名いただいたパーティープロデュースなど楽しい現場での仕事が続く中、闘病中だった最愛の父が逝去しました。

お通夜には出張で参列できませんでしたが、早朝空港へ向かう私に「父も背中を押してくれているから、仕事に集中して頑張ってきてください。」と母からメール。

告別式も家族葬ながらたくさんの方に参列していただき、お清めまで無事執り行いました。

初七日も終え、やっと実感が湧いてきたような。

今日はハロウィン。

大好きだった父。

おばけになって会いに来てくれないかな?会いたいです。

 

 

 

小さい頃から父親っ子の私。

初七日も終え、少しずつ実感が湧いてきたような。

笑顔が素敵で、人が大好きで、周りを明るくし誰からも愛される少年のような人でした。
家族がやきもちを焼くくらい仕事を、社員を愛し大切にしていました。

父のことを少し・・・いえ、長文となりますがほんの一面を書き記したいと思います。

父は、大手自動車メーカーの宣伝部で

「隣のクルマが小さく見えま〜す」

「ゆっくり走ろう、ゆっくり生きよう」

など数々のヒットコマーシャルを世に送り出したコピーライターでした。

CMの歴史に残る名コピーとして車を運転していると都道府県名でよくみる「ゆっくり走ろう⚪︎⚪︎県」は、父のコピーの使用許可を取りに来たそう。

小さい頃、ドライブしながらよくよく話して聞かせてくれました^^

その後、私が小学生に上がる頃に起業。

スタートは広告・出版プロダクションだったそう。

起業後の数年間は、日本最初のポケットガイドブックの現地取材で社員みんなが世界中に飛び、ほとんど日本にいなかったそうですが、家にいる時の存在感があるからか寂しさを感じたことありませんでした。

経営者でありプレイヤーでもあった父は、単身NYへ行き、アポなしで海外ムックの出版権利を勝ち取ってくるなど本当にアイデアを持ちエネルギッシュな人でした。

そして、ムック本シリーズでベストセラーを生み出し、その利益を元に次にスタートしたのが、現在のメイン事業となる広告マーケティング事業でした。

テレビCMを全て録画しデータベースを作る!と言いだした時は、スタッフ全員「社長がおかしくなった!?」とざわついたそう笑

人の「好き」を見える化したい。
という、自動車メーカー時代にヒットCMを生み出しながら、はっきりとした数値化できないことにジレンマを感じていたそう。

当時、TVからタダでながれているテレビCMがビジネスになると思っていた人は誰もいない、CMを流している広告主でさえデータベース化されていない時代でした。

「いいからやれ!」のトップダウンでスタートした事業が現在ではメイン事業となり、CMを流す日本のトップ企業がクライアントとなる企業へと成長しました。

父には遠く及びませんが「ないなら作る。」という前向きなパイオニア精神は、父譲りかな?と思います^^

 

とにかく人をもてなすことが大好きで、我が家には国内外のお客様をはじめ、会社のテニス大会の後、社員全員集めて宴会などお客様の多い家でした。

どんなに大人数でもテーブルに乗りきらないほどのお料理をずらりと並べ、ふかふかのお布団、旅館のような朝ごはんを用意する母がいたからこそ。

そんな両親の影響で小さい頃からお客様が大好きで、元華族のおばあちゃまや、アメリカの漫画家さん、銀座のママ、子供好きのやさしい社員のお兄さん、お姉さん、テレビにでている有名人などバラエティ豊かたなお客様とお話しするのが楽しくて、母に「子どもはもう寝なさい!」と言われるまで父の周りをうろちょろしていました。

 

その後、就職活動することなく父の会社に入社し、お茶汲みから秘書、総務、経理、営業、データベース構築、デザイン、デジタル事業、マーケティング、イベント運営、ライティング、プレゼン、そして社内外での父のカリスマ性を一番近くで見せてもらいました。

 

私が入社した頃の父は、男盛りの50代で「死んだら寝れる」といいながら誰よりも働き、社長室には相談を待つ社員の列ができていました。社長室にいた私はその判断力と対応アドバイス、時には「わかった。俺も行く!」と現場にも出て行く父に経営者としての姿勢を学んだ気がします。

 

その反面、入社後も社長令嬢とは扱われることは全くなく会社に馴染み笑、父のカリスマ性に憧れワンマン経営についてきてくれていながらも、あたりまえにある会社への不満を同じ社員目線で話してくれる仲間たち。その一方、父の社員に対する愛?自分よりまず社員を想っている片思い感?経営者の孤独も垣間見れたのも、今の経営に影響を与えているかなと思います。

 

プライベートな内容にも関わらず、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

父との思い出、また機会があったら書かせていただければと思います。

Blog by SOCO Tatsumoto

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